2016-09-01から1ヶ月間の記事一覧

日本人の心情の年齢断層

この集落の隣組の組長をしておられるSさんが来られて、初めて少し話し込んだ。昭和16年のお生まれだそうで、私は11年だと告げた。少し雑談を続けているとき「11年生まれだと戦争中のずいぶん苦しかったことを覚えているでしょうし、我々以降の世代と感覚が…

天皇制、平成天皇、ハイヒール⑤ “統合”の象徴の目線

歴代天皇で初めて、床に膝をついて、同じ目線で避難民を見舞った(1991年7月)。 長崎県の雲仙普賢岳噴火の際に、床に膝をついて避難民を見舞われた。膝をついて被災者と直に話をするスタイルは、今上天皇が皇太子時代にはじめたことであり、それまでは天皇が…

東京・築地市場問題②

1975〜80年頃だったかなと思うが、都市再開発コーディネーター協会を作ろうという相談で、浜松町から御成門のあたりのホテルで、よく泊まった。「面白い宿がありますよ、とたれかに教えられて、芝公園の中に、こそこそと入るといった感じで少し入ると、昔風…

東京・築地市場問題

パイプが錯綜している地下空間の写真を見たとき「これはアカンな」と思った。 この状況には、誰一人として「このようにしたい」という主観をもって関与している(自我関与)人がいないということを示している。平面部分に捨コンがあるということは、何らかの設…

天皇制、平成天皇、ハイヒール④ 仕事の原点は?

平成天皇と昭和天皇の立ち位置で、最も違う点は「男女同権」ということと、「基本的人権=人権平等」と云うことだ。もちろんこの順序は逆に言うべきかもしれないが、現実的には「男女同権」が先だったのではないか。私はいろいろな活動の場面の天皇の態度を…

天皇制、平成天皇、ハイヒール③ 戦争責任の問題

戦争責任について日本政府が、韓国や中国などの外国にばかり謝罪して、日本国民に「何も云っていない」ことに最も不満を持っている。あの戦争中に、軍官僚(参謀部など)が政治を左右し、ほんの1〜2年程度のことしか考えずに戦争をはじめ、大勢の若者を徴兵し…

天皇制、平成天皇、ハイヒール②

昭和天皇は何となく苦手で、平成天皇に親近感を覚えている。年配層の人は、昭和天皇の存在感の大きさについて特別なものを感じるという人が多いが、私は今の天皇が「平成流」を確立していかねばならないという状況に向かわれた苦労の方が、大変だったと思う…

脇道にタカラあり② 知的散歩の思い出

市町村の委託で、まちづくりのコンサルタントをする時、その地域の土地柄・人柄をどうみるかということが、検討の第一歩となる。これが本来ではあるが、別のアプローチをする人もよく見てきた。それらは次の二つのタイプだ。 ①まず秀才型の人は、早く方向を…

オチコボレ流、脇道にタカラあり

オチコボレ流は、大体の場合、有利なポジションだ。この位置は、早く大幅な成果を誇らねばならないことはない。じっくりと取り組んで、着実に歩けばいい。秀才より圧倒的に有利なポジションだ。 ・秀才の弱点は、考え始めるとき、能率よく進めようと意識する…

12号台風は、

台風のコースは最悪ともいえるコースをたどったが、スピードが遅く、その間に衰えてしまったので、全く影響がなかった。当初の予想より1日半ぐらい遅くなったわけだ。 最近台風関連の天気予報をテレビで見ていて、あまりにも“おざなり”な内容に驚いている。…

「ほめて育てる」論

中津では5〜6人の人に、オチコボレ論を話した。主なキーワードは次の通り。 ・オチコボレ流 オチコボレは、他人より仕事時間が多くてモライが少なくても我慢する。 道が悪くても、文句を言わずに、それなりに楽しく歩くように努める。 脇道はブッシュやイバ…

明日の朝6時、当地を台風12号が直撃予定

2日、3日と中津へ行ってきた。久しぶりに、福沢諭吉の「痩せ我慢の記」をもっていって、いろいろ「わが過去」を思い出していた。 3日の夕方に12号がやってくると思って心配していたが、鈍行になっている。2戸とも雨戸を全部閉めて出かけたが、今までのとこ…

昨日は午前と午後よく働いた

午前は周辺片付け、廃材、小枝などを燃やした。こんなことができるような気候になったのだ。午後は雑草刈り。そのあと、散髪に行き、風呂でシャワー。今朝は少し筋肉がつかれている。いい気分だ。 今朝も、安久谷に次いで熊本地震。ここもかなり揺れた。いつ…