「日本死ね」論②

50年以上前の話。若い親たちが集まって、とに角無認可保育所をスタートさせた。保母の役割をしてくださる60代ぐらいのおばさんも、なかなか親身になって子供の世話をしてくれた。
問題は「オムツの洗濯」をどうするかだった。親たちは昼間のオムツは出来たら洗濯してもらえたら「ありがたい」のだ。そこで、おばさんから「洗濯機を使わせていただけたら」脱水までして、夕方それぞれの親に渡すと言うことまでできる、と言われた。つまり「お宅の洗濯機を使わせてくれますか」という申し入れだった。
チョット逡巡したが、親の要求であり、おばさんも協力してくれているわけだったから、我が家としては「トイレでかなり丁寧に流したうえで洗濯し、洗濯機は毎日きれいに流す」という約束で「オムツの洗濯に使ってもよい」ことにした。
そして2か月ぐらい我が家が無認可保育所になった。我が家では次の子供が生まれる用意をするために、別の親の住宅に引っ越した。
ところがそこでは「他所の子のオムツまで洗濯機で洗うのは困る。夫も嫌がるから……」という話になった。おばさんから「手洗いでオムツの洗濯はできない」と言われ、私はそれでよいと返事をした。
2〜3日後の夜の8〜9時頃だったか、家に帰ったら、おばさんが私を訪ねてきていて、涙ながらに訴えてきた。「皆さんに持って帰ってもらっているが、Sさんは『今までオムツの洗濯をしてくれていたのに、それを止めると云うことは既得権の侵害だ』と云って怒られるんですが、私たち(二人のおばさん)も洗濯機を使わずにするのは無理です」と云って涙声で話した。
実際問題、どの親たちも「他所の子のオムツの洗濯のために自宅の洗濯機を使う」ことには逡巡があったので、持って帰ることで納得していたのに、国家公務員のSさんは「既得権の侵害だ」と苦情を言いだしたのだ。この人にとっては、他所に犠牲を押し付けることが既得権なわけだ。
かなり困難な仕事であるのに、一生懸命無認可保育所のサポートをしてくれているおばさんに、こんな嫌なことで「もうやめさせてくれ」と云われだしたらどうするつもりなのだろう。私はおばさんに「今会社が忙しいので、Sさんに会って話せないが、あなたから『Iさん(私)に会って話したら、オムツの洗濯はせずに持って帰ってもらったらいいから、今まで通り、子供の世話をしてほしい』と云われた」と云うようになだめた。
実のところ、この時は猛烈に腹が立った。自分の会社が倒産して、私が再建の中心の一人でもあり、時間的ゆとりが全くない時だったように思う。今でも、おばさんの涙声を思い出すと息が詰まる思いだ。権利とか民主主義とかいう人が、人柄がいいとは限らない。
こんな状態で半年ほど続けて、市役所が公団用地の三角のヘタ地にプレハブを建てて貸してくれた。洗濯機もできたので、オムツ問題も解決した。しかし、このことを思い出すと、いまだに腹が立つ。