「先祖になる」を見た

ホンワカホンワカ、こんなに明るくて楽しい映画とは、思っていなかった。佐藤直志さんの人柄がそんな状況を作っていったのだと思う。冒頭の直志さんがメガホンを持って「おはよー!、今日もがんばりましょう」と云うシーンを見た時も、少しやらせじみて見えたので、信用していなかった。
ところが、話が進んでいくと、ドキュメンタリー作家屋のプロ的感覚を、直志さんの素直な表情がはるかに超えていく。77歳の直志さんは、少し猫背になっているが、木こりとしては十分一人前以上で、山へ入って我が家を立てえるための木材を伐りに行く。
直志さん一家は、直志さん夫妻と息子夫妻、孫たちの三世代家族だが、消防団の役をしていた息子(40歳ぐらいか)は、津波から守るために、老婆を背負って逃げるうちに波の飲まれた。その遺体が見つかる前に、家を建て替えここに住んで、米を作り、蕎麦を蒔き、ここに住み続ける決意をする。
自給自足こそが、この土地の再生になると信じ、「種をまいとけば土地が何とかしてくれる」と云って蕎麦を蒔く。我が家も津波にやられ、2階まで水につかっているので、その二階にビールケースを並べて板を乗せ、そこの布団を敷いて寒い東北の冬を行きながら、我が家の再建を考える。
そのうち奥さんも、家族みんなが避難所に行ってしまうが、一人ここに住んで、住まいの債権を進める。途中、津波で錆びてしまっている、鋸を見せるところなどは、映画で見ているだけでもうれしくなる。世代はほとんど同年なので、おそらく彼が板曳き鋸を使ったことはないだろうが、いかにも楽しそうだ。
私も、18〜9才のころ、山から丸太を出す仕事を手伝わせてもらったことがあるので、懐かしい。もちろん板を取るには、丸鋸の製材所があった。
近年これほどホットする映画を見たことがない。