孫3人と私の“オチコボレ伝承の旅”

ひと月前、3月26〜8日の3日間、高一、中一,小二の三人の孫と一緒に、私のふる里へ行ってきた。ねらいは一つ「うまく行かないときがあっても、落ち込むな」ということを、私の経験を話ながら伝えることである。
具体的には、一人前の大人の体験をさせるために、湯村温泉夢千代日記の舞台になったところ)の昔の和風旅館を探したが、みんなホテル風になってしまっていた。結局和洋室といって、ベッドが二つと畳間のある部屋になった。これが返ってよかったことになり、小二の女の子に「大人のベッドに一人で寝る」という体験をさせることになった。もう一つ、大きい女風呂の方に一人で入った。こちらはなかなか上がってこないので、心配になり風呂から出てこられた女の人に、見に行ってもらった。「ちゃんと洗っておられましたよ。もうすぐ上がってこられるでしょう」といわれた。しかしさらに10分ぐらいしてまた別の人に頼んだ。「髪を乾かしておられますので、もうすぐ来られるでしょう」ということだったが、結局合計30分ぐらい待たされて出てきた。こちらは心配しているのに、本人はけろっとしていた。これも新しい体験だったのだが。
食事の前に、“荒湯“に行って卵を買って、ゆで卵を作ったりして遊び喜んでいた。今は中学生以上は大人料金であるし、小二の子供も、お子様ランチではなくほとんど変わらないので、満悦だった。
翌日私と役所の担当の人とで作った露天風呂(これがその後の、公的露天風呂ブームの先例となった)に連れて行きたかったが、雪に埋もれていて閉店中だった。
私の生まれたところは神鍋スキー場なので、次の日は、まだ雪の多い神鍋に行った。私が幼稚園から中卒まで通った学校へ、800メートルぐらい歩いて女の子と二人でいった。道々、「小学三年になったらね、もうだいぶん大人になったということで、ストーブ当番があった。冬には2人ひと組で、真っ白な雪の中を電柱を頼りにして歩いてね、1時間ぐらい早く学校に行ってね、ストーブをたいて教室を暖めたんだよ」などと話ながら歩いた。道路の両側に雪が少し低くなって会いるところをさして、「この下には小川があるんだよ」と教えて、少し崩して小さい川を見せた。勿論、子供の頃には押して落としあいをした話もした。
今回は、5人の孫の内3人だけだった。それでもたいそう満足だった。次は5人連れて旅をしたい。
写真は上から、豊岡駅で1時間余の乗り換え時間があったのでコウノトリを見に行った時、 湯村温泉ので荒湯でゆで卵を作った、神鍋は雪がいっぱい、帰るときのバス停で撮った4人組−中央の後方にあるのが「やぶや」という看板。